2010年12月22日水曜日

御殿場高原リゾート時之栖(ときのすみか)


            ◆ 光のトンネル
長さ370mのトンネルは、カラフルでキュートなLEDに覆われ愛らしい。両脇に3色の光る花、上からつるすライトはシンプルなのに、存在感抜群の落ち着いた雰囲気をかもし出す。
             ◆ 時之栖express
4台 長さ7m高さ2.5m(乗車して記念撮影が可能です!)
             ◆ 光の並木道
長さ100m 白いけやきの木50本(白・緑のLED各2,000球)


      ▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。









2010年11月29日月曜日

大山阿夫利神社の紅葉

大山阿夫利神社の紅葉

第10代崇神天皇の頃(紀元前97年頃)の創建と伝えられ、山頂に本社、標高700メートルの中腹に下社があります。


「大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)」「大雷神(おおいかずちのかみ)」「高おかみ神(たかおかみのかみ)」を主祭神とし、大山山頂に立つ本社に祀られております。

源頼朝をはじめ、多くの武将に厚い崇敬を受け、江戸時代には庶民の信仰を集め大山参りが盛んになりました。

大山阿夫利神社の主祭神は、オオヤマズミの神、タカオガミの神、オオイカヅチの神。しかし、大山阿夫利神社は、そういった神々もさることながら、

やはり大山という山と一体で受け止めないとならないものと思う。 大山は、またの名を阿夫利山という。阿夫利の名は、常に雲や霧を生じ雨を降らすので、この名が起こったと言われる。雨降り山である。

標高は1251メートルで、関東平野に望んで突出している雄大な山容は、丹沢山塊東端の独立峰となっている。

▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。


阿夫利神社は、古代からこの辺りに住む人たちの心の拠り所となり、 国を護る神の山として崇められてきた。すなわち、この地方のクニミタケである。

山野の幸を司る水の神、山の神として、また海上からは羅針盤をつとめる海の護り神、さらには大漁の神として信仰をあつめるとともに、庶民信仰の中心として今日に及んでいる。

山頂からは祭りに使ったと考えられる縄文時代(紀元前約1000年頃)の土器片が多く出土していて、信仰の古さを物語っている。




2010年10月25日月曜日

山寺立石寺

山寺立石寺『宝珠山立石寺』(ほうじゅさん りっしゃくじ)

山寺は、貞観2年(860年)に開山された比叡山延暦寺の別院で、
正式名称を「宝珠山立石寺」と言う。奥の院まで千余段の階段が続き、まさに山の寺である。
山形県でも有名な観光地のひとつで、かの有名な松尾芭蕉も立ち寄り、

「閑さや 巖にしみ入る 蝉の声」 という俳句を残している。

また、境内の根本中堂(本堂)は、日本最古の入母屋造・五間四面のブナ材建築物で国指定重要文化財となっており、
ご本尊「薬師如来坐像」を安置する。なお、ご本尊のご開帳は50年に一度のみである。

▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。
 











2010年8月30日月曜日

'10年「熱海海上花火大会」

2010年8月8日日曜日

酒匂川花火大会「NIAGARA大滝」



酒匂川河川敷の「小田原大橋」脇に幅300㍍高さ30㍍の
「NIAGARA大滝」は夏の夜空を鮮やかに彩られます。
夜空に花火の轟音と閃光を放って一瞬の輝きは、川面の風も爽やかで
夏の暑さを忘れさてくれます。

2010年7月19日月曜日

箱根CABLE CAR(早雲山~強羅)

箱根ROPEWAY

箱根ロープウェイ

箱根ロープウェイ(はこねロープウェイ)は神奈川県足柄下郡箱根町の早雲山駅と桃源台駅を結ぶ全長約4kmの索道、
およびそれを運営する鉄道会社の名前である。小田急グループの一社で、箱根観光の旅客輸送を行う。
2004年12月18日をもって、六甲有馬ロープウェー(全長5km)が利用者減に伴い部分休止したため、
以降は営業区間が日本一長い索道路線[1]であり、乗車人員は2008年度に201万を超え、
2009年7月9日付でギネスのゴンドラ・リフト部門で世界一に認定されている。
 
▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。

箱根ケーブルカー

東日本のケーブルカーの代表的路線
中間駅を含めて利用客は多い。そして、まず目に付くスイス製の新型車両は、
新交通システムと思う錯覚をおこすほどだ。
勾配は、緩く、木々の間を走って行くので車窓は決して良いとはいえない。
箱根ゴールデンコースの箱根登山鉄道鉄道線から、
箱根ロープウェイへのつなぎの路線といえよう。
 
▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。



2010年5月23日日曜日

西湖いやしの里

西湖いやしの里根場

日本の原風景が今、甦る
ここはかつて日本一美しい茅葺きの集落でした。
霊峰富士と神秘の森青木ヶ原樹海を望む
西湖の地に今、21世紀の茅葺きの里が
"いやしの里"として甦ります。
 
▲▼写真をクリックすると[拡大]表示します。




2010年5月19日水曜日

西湖「いやしの里」

富士芝桜まつり

富士芝桜まつり

富士芝桜まつり

昨年36万人を魅了した富士山の新名所「富士芝桜まつり」が今年3回目を迎えます!
首都圏最大級約70万株のシバザクラと約2.4haの植え付け面積を誇る「富士芝桜まつり」は、
雄大な富士山と池に映る逆さ富士、
そして地元の伝説に由来する竜神の姿を5種類のシバザクラで模った景色が楽しめるという、
他では見ることのできない期間限定のイベントです。
竜神池のほとりや、南には富士山を臨む絶景に
赤・白・濃淡のピンクの芝桜が咲き乱れるさまは圧巻です。

▼写真をクリックすると[拡大]表示します。








2010年5月14日金曜日

蓬莱園のツツジ「箱根小涌谷」

蓬莱園

蓬莱園…【箱根小涌谷】

1883年(明治16)創業の三河屋旅館が所有する、
6万6000平方mの庭園。ツツジの名所として知られる。
初代当主・榎本恭三が、大正初期に東京の大久保からツツジを移植したのがはじまり。
毎年4月下旬~5月中旬、サツキ・ミヤマキリシマ・ヤマツツジなど約40種類約3万株の花が開花。
秋の紅葉も美しい。
 
写真をクリックすると[拡大]表示します。




2010年5月5日水曜日

源氏山~鎌倉大仏…ハイキング

銭洗弁財天

由来
平安末期、鎌倉は災害が続き貧困にあえぐ庶民のために、源頼朝が世の救済を祈願したところである。巳の年の文治元年(1185)の巳の月、巳の日の巳の刻、宇賀福神から「この地に湧き出す水で神仏を供養せよ、そうすれば天下泰平の世が訪れる」と源頼朝の夢にお告げがあり、そこで源頼朝はこの地に社を建てて宇賀福神を祀った。その後、世の中の混乱は収まったと伝えられている。

この話が発展していつの頃からか、その霊水でお金を洗うと倍になると言う信仰が生まれた。鎌倉五名水の一つである。巳の日の縁日には参拝者で賑わう。洞窟の口もとに社があり、社は宇賀福神で洞窟の中の社は銭洗弁財天である。
 
写真をクリックすると[拡大]表示します。

源氏山公園

由来
源氏山は、奥羽を舞台とする後三年の役(1083~1087年)で、八幡太郎義家が出陣するときに、この山上に源氏の白旗を立てて戦勝を祈ったところから、「源氏山」とか「旗立山」といわれるようになったといいます。
区域内には源頼朝像や大小の広場などがあり、桜の名所にもなっています。
鎌倉時代、葛原岡一帯は刑場だったといわれており、後醍醐天皇の側近で、鎌倉幕府の倒幕に関わった日野俊基もこの場所で処刑され、その墓といわれる宝篋印塔(国指定)や俊基の霊を祀る葛原岡神社、銭洗弁天、佐助稲荷が近くにあります。

また、北鎌倉から大仏へ行くハイキングコースにもなっていますので、ちょっと足を伸ばせば、歴史散策も楽しめます。

写真をクリックすると[拡大]表示します。

高徳院(鎌倉大仏)

由来
鎌倉を代表する名所となっている長谷の高徳院の本尊である大仏は、鎌倉幕府第三代執権・北条泰時の晩年になってから作り始めた。「吾妻鏡」によれば、北条泰時の時に、淨光という僧が諸国を勧進して浄財を集めて歩き、暦仁元年(1238)3月から大仏と大仏殿を造り始めた。北条泰時もその建立に援助をした。そして大仏開眼は5年後の寛元元年(1243)6月11に行われた。泰時は前年の6月に62歳で亡くなった。この時、建立した大仏は木造であった。

そして4年後の宝治元年(1247)にこの大仏が暴風雨の為に倒壊したので、建長四年(1252)にあらためて金剛の大仏が造営され始めた。大仏殿は建武二年(1335)と志安二年(1369)の台風で倒壊。更に明応四年(1495)の大津波で押し流され、以来、現在の様な露座の大仏となってしまった。本尊の大仏は阿弥陀如来。阿弥陀如来の高さは12.38m、総重量は121トンである。

写真をクリックすると[拡大]表示します。

江ノ島電鉄「長谷駅」